★祝・1000人突破!!★ 

あなたは           アクセスカウンター人目のGPOG戦士です

サンスポ予想王TV

GPOGヒストリー 第1話

 

2007年春、

当時大学4年生だった男達にとって競馬とは、

馬券もしくはスタホが全てであった。

 

そんなある日、某FLATTOP氏が仲間たちに発した、

「ペーパーオーナーゲームやってみないしゅか?」という

何気ない一言から事態は大きく動き出す。

 

 

 

 

初めは参加者の多くが「何やそれ?そんなん面白いの?」といった印象だったかもしれない。

正直、発起人のFLATTOPもこんなに盛り上がって、長続きするとは思っていなかった。

 

だが、とりあえずやってみようということになり、

初期メンバーはFLATTOP、ハードスケジュール、OKちゃん、春眠の4人に決まる。

このとき、Åやライバックの甥はメンバー選考から外れた。

 

 

 

 

一人10頭を決めて、6月上旬、某和風レストランでドラフト会議を行うことになった。

当時、馬の選び方もよく分かっていなかった男たちは皆、

サラブレの付録冊子を唯一の情報源に馬を選ぶことになる。

 

その結果、当然ながらそれぞれの思惑は重なり、

この年最大の注目馬アドマイヤテンカをFLATTOP、OKちゃん、春眠の3人が競合することに。

 

そしてドラゴンボールトランプで行われた厳密な抽選によって、

FLATTOPが見事、アドマイヤテンカを獲得する。

このとき、実はFLATTOPがトランプに偽装工作を行っていたことは、

世の中にあまり知られていない。

 

続いて、OKちゃんと春眠によって行われた

1位の補欠指名でも、良血馬ファリダットを競合することになる。

この抽選をOKちゃんが制し、

春眠の1位は補欠の補欠としてキャプテントゥーレに決まった。

 

この馬が後に皐月賞馬になるとは、このとき誰も予想していなかった。

獲得した春眠もあまり期待していなかったことが、

その後の発言から読み取れる。

 

 

 

また、徹ポピー、もといトールポピー

あらかじめ春眠に独占指名権が与えられていたが、春眠はこれを放棄。

FLATTOPがこれを3位指名で獲得することになる。

 

この瞬間の攻防がその後の優勝争いを大きく左右しているとは、

この時だれも予想していなかっただろう。

 

 

もしも仮に、

春眠がトールポピーを放棄していなければ、

GI3勝で断トツの初代王者になっていたのだ。

 

そして俺はビリになっていた…。

 

 

 

                                                     つづく